2008年05月08日
二十年位前の『(紀州鉄道)日高川駅』にて
もっともっと!撮っとけば良かったと自己反省するこの『20世紀写真少年』(ブログの記事カテゴリー)です。
中学生の頃だったと思うが、夏休みといえば『紀州』にいた。
一週間も十日も宿に泊まらず車中泊や野宿を繰り返していた。
今のように『紀州鉄道で検索っう!』という時代ではありませんでしたので、どこに行くのも特にローカル私鉄などの訪問は、人づてに聞く「~去年、誰々が行った時は~らしいょ」といった情報しかない状況での訪問が通常でした。
むしろ、「なにがあるか?どうなってるか?」という点では現在よりスリリングで『冒険』が散らばっておりました。
当時キハ603、604という大分交通からやってきた気動車が活躍しておりましたが、キハ1003という古めかしくも愛らしい気動車がやってきたのでした。
3.4キロ(訪問当時、現在は西御坊~日高川間の0.7キロを廃止したため2.7キロ)のローカル私鉄に三両の気動車が必要なのだろうかと思いつつ撮影した事を覚えています。

80年代でしょ?キャプションに60年代って書いてもワカラナイ?
しかし、80年代って温故知新というか、ある意味非合理な鉄道も存在しながら、YMOが国内初のデジタルレコした時代ですよね…うーんあの頃に戻りたい。
もしかして、紀州なら竜華の58が追いかけた頃では?
まさに、80年代。『チャレンジ2万キロ』時代です。
時間さえあれば、あんな旅をまたしたいです。